思い出を語る

まず、遅ればせながら…

FINAL FANTASY XI 15周年、おめでとうございます!!

久々に元プロデューサーの田中さんをみかけたけど、かなり老けてた。

なんか命削ってこのゲームに捧げてくれたのかと、勝手に解釈して勝手に感動してましたすみません。

でも、アナタなしにこのゲームはあり得なかったので本当に感謝してます。


さて、せっかくの節目なのでFF11に関する思い出話をしようと思います。


ーー2002年といえば、ちょうど大学生の頃でした。

ある日、FFの新作がリリースされるという噂を聞きつけ調べてみるとシリーズ初のMMORPGだという告知が。

つまりオンラインゲームになるということで、

つまり人と組んでなんかいろいろやるわけで、

つまり時には人と闘う(PvP)わけで、

なんかおもしろそう!って直感で思っていました。

結局βテストから参加してましたがよくわからないまま終了し正式版リリース。

当時はPS2で遊ぶことが多かったんですが、本体がネット通信非対応だったのでわざわざ買い換えまでして遊びましたさ。


そしてインストールも終え、いざ立ち上げると…

「イエェェェエエ〜…  オイィィィ〜」

と謎の音楽が鳴り響き「Play Online」のロゴが出現。

たぶんこの辺からもう衝撃を受けっぱなしだったと思います。

ラグナロクオンラインで少し経験していたとはいえ、MMORPGは他プレイヤーももちろん有人であるため

慣れるまでは会話ひとつから緊張しっぱなし。

パーティなんて当初怖くて行けませんでした。

そうやって奮闘しつつ頑張ってソロでレベル7まで上げたら、ようやくパーティ参加ができるようになり
Lv7〜11  ラテーヌ高原の湖
Lv11〜20  バルクルム砂丘
Lv20〜24  クフィム島
Lv24〜28  低地エルシモ
と、どんどんレベルが上がるにつれて世界もそれに合わせるように広がっていき
クエストを友達とこなしながら、新天地へと恐る恐る足を踏み入れるこの感覚が新鮮で楽しかったのをよく覚えています。

ちなみに当時はレベル1あげるだけで数十分かかってた気がしますが、どうだったかな?

いずれにせよ、今と比べるとカルチャーショックすら生温いくらい本当に大きな差。


ーー最初は確かシーフをやっていました。
当時は俗にいう核熱時代だったので短剣装備はご法度。
核熱連携のために片手剣装備、
サポ解放したらサポは戦士に、
とにかくファストとレタスばかりを打ち続ける日々。
その後、同時進行でどんどんバージョンアップが行われ、仕様が変わり、核熱時代も終焉を迎え、
ようやくシーフの得意とする短剣が光りだしたレベル60の頃、
アサシンという神特性 (と、当時呼んでいた)やダンシングエッジを覚えたときはとても嬉しかったなあ。

また追加ディスクもコンスタントにリリースされ、気が付けばアトルガンまで進んでいました。

このとき既に75キャップ時代に突入していましたが、このあたりから本格的にプレイしていたような気がします。

HNMLSや空LS、海LSや裏LSと色んなコンテンツLSに掛け持って所属し、手帳が真っ黒になるほどのスケジュールを組んで活動していた時期もありました。
この時期が自身の中で一番の「廃期」だったと思います。

そして7年ほど続いた75キャップ時代に終止符がうたれ、

80、85とどんどんキャップが上昇する頃、
たしかアルタナやアビセアの時期でしたか、
大きな休止期間に入ります。
たぶん2年ほどだったかと思いますが、アドゥリンのリリースと同時に復帰。
そこで魔導剣士という新ジョブに大きく心を打たれ、一筋の道を歩むように。

他にもちょくちょく休止した期間はありましたが、休みながらも続けてたらもう15年ですって。

たったひとつのゲームに15年も費やすなんて、後にも先にもこのタイトルしかないと思います。

FF14やDQ10も興味こそありましたが、なんとなくFF11だけでいいやって気分でいまだ手つかずです。


あとはー、なんだろうなあ。

15年やってきて面白かったシーンとかもありました。

◆ランペールの墓のゴーストNM狩り

 初めてのNMキャンプ体験。墓の前に現れる雑魚ゴーストとの抽選でおよそ1時間スパンで出現。このNMが落とす背装備が当時12万程度で取引されていましたが、自身にとってはかなりの大金。でも低レベルで十分狙えるNMだったので狂ったように頑張った記憶しかありません。

◆フィック物語

 FF11で初めて涙した、ユーザーの中では比較的有名なストーリー。魔晶石ミッションのウィンダス編でしたね。フィックが亡くなった後のフェレーナ姉ちゃんの言葉が今でも印象に残ってます。

◆シロッコククリ取り

 おそらくFF11史上最も入手に手間隙がかかった装備だと思います。75キャップ時代、シーフの短剣装備の定番ペアリングとして名高かったブラオシロッコの一本。落とすのはテリガン岬のロック族NMなんですが、当時ライバルも多かったうえに風天候限定で12時間未満での時間ポップ。さらに周囲は高レベルモンスターがたくさんいる状況だったこともあり、入手どころか対峙すらも難航。何度もフレに手伝ってもらいながら2〜3ヶ月くらいかけてようやく手に入れました。本当に嬉しかった。

◆ファントムタスラム誤投事件

 まだ装備用の投擲が投げられた時代、当時高価だった黒用の投擲であるファントムタスラムを誤って投げてしまい消失。しかも、これを2度も犯してしまい涙目。

◆黒バーンパーティ

 古代魔法を覚えたレベル60あたりから時々参加するようになった黒バーンパーティ。時間に合わせて一斉に古代魔法を発射することによって、瞬時に大ダメージを与えて瞬殺。これを繰り返してチェーンを稼ぐレベリングの手法でした。古代魔法ではありませんがアトルガン時代にプリンでも一時的に流行りましたね。これは地味に楽しかった。黒同士の情報交換もけっこうできたし。

◆国際交流

 ご存知の通りFF11は世界中にユーザーがいるので、共通語である英語で会話する事も多いです。自身の場合、英語の知識のほとんどはこのゲームで培ったといっても過言ではないと思います。というのも、日本在住のアメリカ人ユーザーと仲良くなって、時々会って遊んだりしていたのがまず大きかったのではないかと。略語やジョーク、その国ならではの文化や考え方なども勉強になって、一概にゲームの括りで収めるのは尚早だなと感じました。良い経験だったなと思ってます。


とまあ挙げればキリがありませんが、やっぱり人とのコミュニケーションありきでやるゲームだったということが続けられた大きな要因だったように思います。

たまたまこれがFF11だったという話で。

もしこれがFF14だったら、DQ10だったらどうなのかはわかりませんが、ここは潔く結果論で締めます。


FF11に出会えて良かった。

旧・3丁目のタルタル

別のブログサービスへ移行しました。 https://merrymerry1024.hatenablog.com/

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